●飛行機関連の最新記事●

自家用機パイロットの苦悩・疑問・怒り・喜び・閃きなどが満載です
自家用機に関係ない記事も書きます。

■渡米中

■しばらく渡米フライト中のため、帰国後に更新します。
 
posted by キャプテン飛燕 at 03:56 | Comment(0) | キャプテン飛燕のフライト記>日記

■翼はあるのに飛べずにいるんだ

■「翼はあるのに飛べずにいるんだ」は、いきものがかりが歌う『YELL』の歌詞です。
 まさに・・・しばらく飛んでいないな〜と思い立ち、エンジンの調子見がてら、TGL(TOUCH&GO)をやってきました。

 

▲空港横の凸凹道(知ってる人は知ってますよね)を走っていると、友人のS君が福井空港に向けて離陸するところでした。
 その後ろには、訓練でしょうか、バロンが順番を待っています。

 

▲RWY32から離陸し、ダウンウインドに入るところです。天気はほぼ快晴。このままどっか飛んでいきたい心境です。
 

▲ベースに入る手前、向こうには大宮や浦和の街並みが見えます。

 

▲右を見ると、遠くに冠雪した綺麗な富士山が見えます。
 このあとTGLを繰り返し、そのままLDG。
 「♪翼はあっても、遠くに飛べない」ので、よけい欲求不満がつのっただけでした。

 

▲おまけ。大活躍のドクターヘリが、本田航空のハンガー前に降りていました。

※「YELL」は下記のYouTubeでご覧下さい。
 後半の、高校生の大合唱が感動的です。

posted by キャプテン飛燕 at 11:50 | Comment(0) | キャプテン飛燕のフライト記>日記

■安行の秋-2009

■少し遅れましたが、安行の秋の風景です。
 職場の近くに、小林さんという方の紅葉(もみじ)園があります。
 新聞にも載るような有名な庭園です。

 
▲この日は休日ということもあり、駐車場に入れない車があるほどのにぎわいでした。

 
▲どの紅葉も写真に撮りたくなるほどの美しさです。

 
▲来観者が、『ここは京都にひけを取らない』と話していました。

 
▲でもやはり、年輩の方が多いようです。


▲この、小林さんの紅葉園の向かいには、有名なお寺があります。銀杏(いちょう)が真っ黄色です。


▲境内では、四季折々に美しい風景が楽しめます。


▲この写真だけをみると、京都の嵐山だと言われても分からないのではないでしょうか・・・そうでもないか。
posted by キャプテン飛燕 at 23:01 | Comment(0) | キャプテン飛燕のフライト記>日記

■感動した話〜PART2

■新千歳空港で管制官をやっている友人Iさんによる、私が感動した話-PART2です。
 本年7月31日に、IさんがJALのクラシックジャンボ、B-747のラストフライトの管制をしたときの様子です。
 無駄なく、簡潔にやりとりがすまされる管制業務の中にも、こんな人間味あふれるやりとりがあることに感動しました。
以下、Iさんの日記より一部修正して転載。

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 ついにこの日を迎えました。
 各方面でニュースが配信されていますが、今日は在来ジャンボ・ラストフライトの日で国際線はホノルル、国内線は新千歳から、成田空港まで運航されました。
 国内線のラストフライト新千歳発、成田行きJAL3042便。
 今日はこの便が千歳を離陸してから航空路管制のエリアまでの間を担当させていただき、最後にメッセージを送らせていただきましたので、日記にてそのダイジェストを残したいと思います。

【到着便・JAL3041便】
 レーダールームでは、成田からの到着便・JAL3041便の管制が間もなく始まろうとしていました。
千歳の担当する空域に入り、アプローチ管制官の誘導が始まりました。南風のため、空港の東側を飛行し北側から着陸するパターンです。
滑走路19Lへ向け、降下を続けるJAL3041便。定刻通りの到着でした。
 16番スポットに入り、折り返しのJAL3042便がラストフライトです。多くの地上スタッフに見送られての出発となりました。

●管制塔展望室より



【ラストフライト・JAL3042便】

 飛行計画を扱う端末に、JAL3042便の情報が入りました。そして管制塔からプッシュバック開始の通報を受け、もうすぐ離陸です。



●JAL3042便の飛行計画です



 JAL3042便が13:59、滑走路19Rから新千歳を離陸しました。レーダーコンタクト。
 到着機の情報を流したり、上昇指示を出したり、いつも通りの管制です。
 そしていよいよ、千歳のエリアから航空路管制を担当する札幌コントロールに業務の引き継ぎをする時が来ました。これで、お別れです。
 最後は、このようなやりとりをしました。

【管制官(Iさん)】
本日ラストフライトを迎えるにあたりまして、メッセージを送らせていただきます。747−300型、26年間の長きにわたる運航、お疲れ様でした。ラストフライトの管制を担当させていただいたことを、光栄に思います。成田までの無事の運航をお祈りしています。

【JAL3042便】
3042便機長の小林です。長い間お世話になりました、これまで無事に運航して来くることができたのは皆様方のご支援があったからであると心得ております。これからも日本航空の飛行機をどうぞよろしくお願いします、ありがとうございました。

【管制官(Iさん)】
こちらこそありがとうございました、Contact SAPPORO controll 124.5.
さようなら、いってらっしゃい!

【JAL3042便】
124.5、ありがとうございました!



 こうして、私たちのラストフライト管制も終わりました。
 このような機会に恵まれたことを嬉しく思います。
 この仕事、やっていて良かったです。

【成田到着後】
 成田空港ではホノルルから到着した国際線のラストフライト、JAZ73便(JALWAYS)が消防車の放水アーチの出迎えを受け、乗客はタラップを使用して降機。JAL3042便もその後を追うように、成田空港に到着しラストフライトを無事終えました。
 その後、引退セレモニーが行われたそうです。
 毎日新聞にいい記事があったので、紹介させていただきます。

●クラシックジャンボ 最後のフライト 放水アーチで出迎え
7月31日21時0分配信 毎日新聞

ホノルルからの最後の飛行を終え、セレモニーで放水の中を進むB747−300型機=成田空港で2009年7月31日午後3時23分、本社ヘリから手塚耕一郎撮影

大量輸送時代を支え、海外旅行を身近なものにした「クラシックジャンボ」が31日引退し、成田国際空港で記念セレモニーがあった。ラストフライトは航空ファンら乗客406人を乗せ、ホノルルから到着したJALウェイズ73便。成田空港会社(NAA)の消防車2台が迎え、放水のアーチを作った。ボーイング社で747の主任設計技師を務めたジョセフ・サッター氏(88)らが乗員に花束を贈り、乗客や関係者らは引退を惜しんだ。



日本航空は70年に747シリーズの初期型「747−100型」を羽田−ホノルル線に就航させ、これまでに延べ109機の747を導入。航空機関士が乗務する「300型」までの在来型65機がクラシックジャンボと呼ばれた。その後、機長、副操縦士の2人で運航する「400型」の導入が進み、原油高で燃費の良い中小型機にシフトしたこともあり、在来型の引退が加速した。
72年に入社し、総飛行時間1万3038時間という航空機関士の広瀬正一さん(55)は「長い間、世界を一緒に旅してきた仲間。本当にお疲れさま、と言ってあげたい」と話した。【山田泰正】

●JAZ73便の機内にて。CAさん達による、ラストフライトを案内する手作りボード。
 機長、副機長、航空機関士、チーフパーサーそれぞれから挨拶があったそうです。

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(日記は以上まで)
■飛行機を飛ばすスタッフと、送り出すスタッフ。どちらも強い意思と誇りをもって毎日、その仕事をこなしています。

 年金問題に揺れているJALですが、報(むく)われるべき苦労が、良い形で決着してくれることを望みます。

※ 本日12/2は、年明けにパパになるIさんのお誕生日だそうです。おめでとうございます。
posted by キャプテン飛燕 at 09:59 | Comment(0) | キャプテン飛燕のフライト記>日記

■タイヤ圧の補充

■11/29にアローのタイヤに空気を補充してきました。
 本来は窒素を入れているのですが、気温変化による膨張が多い夏と違って、この時期はタイヤ圧が下がっていく方向にあるので、普通の空気を補充しました。
 また、タイヤの温度変化は空気中の水分に因るところが大きいので、湿度が低い冬なら変化も少ないだろう・・・と自分を納得させました。
 と言いますか、実は窒素ボンベを持っていないので・・・
 天然ゴムもブチルゴムも、窒素の透過率と空気の透過率はぜんぜん違うので、本来は窒素ガスをいれたいところです。



▲自宅にあるコンプレッサーから、携帯用のタンクに空気を移充填して空港まで持っていきます。このタンクで数機ぶんのタイヤを膨らますことができます。
  もともと、コンプレッサーを持ち込めない山の中で練習や試合をする、トライアルバイク用に持っているタンクです。タイヤだけでなく、整備の為にバラバラにしたキャブレターの中のゴミ等を吹き飛ばす事もできるので、結構便利ですよ。



▲空気を入れる為のノズルは露出していないので、白いカバーをビス3本で外さなくてはなりません。
 このビスは白いペイントでロックされているので、エアーを入れた後でも同様にペイントでロックしなくてはなりません。

 いいかげんにビスを締めただけだと、離着陸の振動でビスが緩み、カバーが滑走路に転がって他の機体の迷惑になります。
 ので、タイヤへのエアー充填で一番気をつけなくてはならないのが、実はこのネジロックなのです。
 あと、ここのビスを回す時には、右側に見えるギアのカバーに当たるため、柄の短いスタビードライバーという(写真に写っている)特殊なドライバーが必要です。



▲規定値は1.8kgなのですが、冬場なので2kgちょっと入れました。こちら側(左側)のタイヤはほぼ新品なので、溝もたっぷりあります。 


▲右側のタイヤは、すこし古いせいか、かなり窒素ガスが抜けていました。上の左側のタイヤの写真と比べても、かなり凹んでいるのが分かります。いつもは、すぐにゲージをあてられないので、ゲンコツで叩いたり目視しか点検方法がないのですが、今日はゲージを当ててみましょう。



▲げげっ・・・1kgちょっとじゃんか。

 ソフトに離着陸するぶんには問題ないかもしれませんが、気づかなければ怖いですね〜
 そこの自家用パイロットのアナタ! 「3_GREEN」でギアが下りていれば安心・・・と思っていませんか? 



▲そこで、左同様にたっぷりと空気を入れてやります。こちらも2.3kgくらいに。



▲空気が入ってシャキッとなりました。



▲この位置からの写真って撮ったことはないのですが、結構いいアングルですね。お隣のFA200の羽の形がよく分かります。翼の上下に膨らみがあるために、翼上下を流れる空気の速度に差が出にくく、つまりあまり揚力が出ない形です。エンジンのパワー頼みとも言えます。



▲『あらかわ1』だったと思います。H田航空のハンガー前に駐機していました。

 しかし、今回もタイヤに空気を入れただけで帰ってきてしまいました。『♪翼があるのに飛べない・・・』って、いきものがかりの歌にありましたっけ?

※ しかし・・・このエア圧の減り具合をみると、窒素専用のタンクが欲しくなりました。今までの青いタンクは、5kg/cuくらいの空気を入れておいても、数か月はエア圧を保ってくれています(漏れない)ので、窒素専用のタンクを充填してもらって持っていても、しばらく使える気がします。
 空気タンクの選択基準:圧縮機(コンプレッサー)の1分当たりの吐出量の25%以上・・・だそうです。
 飛べないわけではないのですが、じっくり飛ぶ時間がないとでもいいましょうか・・・ヘリの向こうの空をみると、飛ぶ気になれませんでした。
posted by キャプテン飛燕 at 19:15 | Comment(0) | キャプテン飛燕のフライト記>日記

■感動した話〜PART1

■千歳空港に、管制官をやっている友人Iさんがいます。
 私が小型機で北海道に飛ぶ時にも、千歳のエリヤを通過するため、千歳APP.(アプローチ)やTCAなどで、無線で時々お世話になっています。
新千歳管制塔からの眺め
   (着陸しようとしている747は、政府専用機)


 そのIさんが最近書いたブログ上の日記に、私が感動した話が載っていましたので、本人の許可を得た上で転載致しました。
 PART1とPART2の2回連載致します。
 管制官の仕事はミスが大きな事故につながる、大変な神経を使う仕事です。そのような中で、このような事が人としての彼らを支えているのだなと思いました。
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 寒いです。今日、ついに千歳もまともな積雪状態になりました。
 今日は勤務中にけっこうな雪になり、この冬初の滑走路除雪が入りました。これからが冬本番。夕方にはほぼ溶けました。
 でも、ひさびさの冬季管制業務。いい意味で心の準備になったと思います。

 さて、ここからが本題。長くなりますがご容赦を・・・。

 今日は午前中レーダー勤務だったのですが、私が到着機と出発機の管制を同時に担当していた時に、こんなことがありました。
 新千歳空港へ向けて降下を開始したある便から、千歳(=私)との最初の交信の際、「自分は何番目の着陸か?」と聞かれました。
 はるか前方(60マイルほど前、時間にして10分程度前方)に先に降りる便があったのですが、この便の到着には全く影響は無いだろうと判断し、私は「あなたがナンバー1です、遅延の見込みはありません。」と答えました。

 するとその便から突然、「空港事務所を通じて救急車を要請して欲しい、カンパニーにはこちらから連絡する」というリクエストが来ました。突然の要求でしたので、
「確認します。救急車の手配ですね?何かありましたか?」
「その通りです、急病人が発生しました。併せて、ハイスピードアプローチ※を要求します。」
「わかりました、救急車手配しました。ハイスピードアプローチ※支障なし。」

※ハイスピードアプローチ:

飛行機には航空法で定められた速度制限があり、千歳のレーダー担当エリアの場合は10000feet(高度3000メートル)以下で飛行する際には、対気250ノット以下で飛行しなければならないのですが、緊急事態等やむを得ない場合には管制官の許可を得て速度制限以上の速度で飛行することができます。



 このようなやりとり(もちろん、英語ですあせあせ(飛び散る汗))のあと、ターミナルビルに近い滑走路への着陸ができないか、その場の判断で現場主任を通じて管制塔に調整しました。離陸用の滑走路(RWY01L)への着陸となれば、着陸前後に出発機に遅延が生じます。もちろんこの時も出発機が何機もいたのですが、このような事情なのですぐにOKが出て、最終進入コースへのレーダー誘導開始と共に、着陸滑走路の変更を伝えました。

 例え1分、1秒の差であっても、もしかしたら命取りになるかもしれない。少しでも早くブロックイン(ゲートイン)させてあげたい。その想いで、着陸滑走路の変更を申し出ました。
 そしてレーダー誘導開始から数分後、操縦者から「先ほどの要請を取り消します、患者の具合が良くなりました。」と言われました。

「了解しました、それでは救急車も不要でよろしいですね?」
「その通りです、通常のスピードで飛行します。」
「了解しました。それでは着陸滑走路も、当初のRWY01Rに変更します。」
わずか数分の出来事でしたが、こうして通常通りにこの便は着陸しました。
私の担当から離れ管制塔へ無線を移管する際、操縦者から最後に
「Thank you very much!!」の一言をいただきました。

 この便の着陸後に情報をいただき、体調を崩されたお客さんはトイレで貧血を起こし倒れたそうなのですが、倒れた原因が判明するまでの間、機長の判断で優先的取り扱いや救急車の要請をされたそうです。
 ところがただの貧血で普通に歩き座席に戻ったため、要請を取り消したとのことでした。何事もなくて、本当に良かったです。

 この管制業務という仕事、「人の命を預かるという重い責任」の大前提の基、例えば医療関係の仕事などと同様、「できて当たり前」「失敗は許されない」と思われる仕事です。
 つまり、例えどんなにいい仕事をしても、他人に褒められることはありません。もちろん管制官に限らず、操縦者や整備士等、安全運航に関わる航空関係者全てに当てはまることです。
 それどころか、万に一つ失敗などしようものなら責任を問われるのはもちろんのこと、場合によっては裁判になることも十分に考えられます。
 一例として、新千歳や伊丹で起きたクロスランウェイの事例のときには、新千歳の管制ミス・伊丹の操縦者のミスのどちらを見ても、新聞やネットに大きく掲載されました。
当然、再発防止のために様々な原因究明をしなければなりませんし、そのためにはミスに関連した人はもちろんのこと、その周りの多くの人も巻き込んで想像を絶するような労力を費やさなければなりません。
 しかし、人の命を預かる以上、失敗が許されないのは当たり前であり、誰かから褒められるためにこの仕事をやっているわけではありません。私達のミスは人命に直結するのだから、こうなることの覚悟がなければこの仕事は務まりません

そんな重圧を感じながら、神経をすり減らしながらやっていく中で、時に仕事に対する想いが下がる時もあります。管制官も人間ですから。それでも、日々多くのやりとりをする中で、ちょっとした挨拶であったりとか、何かの折にお礼を言ってもらえるときには、この仕事をやっていて良かったなと思うことがあります。

 航空自衛隊の管制官の教育の中に、「管制官の心構え」というものがあります。
 その中の一つに、「親切心」という言葉があります。実業務で例えてみると、

 ・いま、操縦者はどんな気持ちで飛んでいるのだろうか。
 ・この指示は、今のタイミングでは出さない方がいいのか?
 ・この情報は、後で伝えることにしよう。
 ・いまならショートカットの指示が出せるかな?
 ・今日は出発経路の横風が強いから、旋回の少ない経路に変更しよう。

 などなど、これは私が業務中に考えることのほんの一部ですが、相手の気持ちや状態を考えることが親切心と考えています。操縦者はもちろん、お客さんや客室乗務員に至るまで、自分が管制している飛行機に乗っている人のことを思いやる気持ちを、常に心のどこかに抱きながら仕事をすることが、大事だと思います。
 しかし、余裕がある時に考えることができても(それすらしない人も、残念ながら時々いますが)、忙しくなるとつい自分本位の管制業務になりがちです。
 操縦者も、周りの動きを読んでくれる人もいれば、自分本位な飛び方をされる方もいます。そんな時こそ、親切心を忘れずに管制業務ができる人間を目指しているつもりですが、まだまだそのようなレベルに達するのは先のことのように思えます。日々是努力、これが定年になるまで続くんだろうなぁ、と思ったりもします。
 それでも、日々の業務でありがとうと言われること。サンキューと言われる管制。
 これができた時、この仕事をやっていて良かったなぁ、と思う時でもあるのです。

 管制官の仕事は、何かイレギュラーな状況が無い限りは、資格を持ちある程度の経験を積めば、誰にでも飛行機を衝突させない、人並み程度の仕事をすることはできるのかもしれません。
 しかし、それだけではダメなんだと思います。不測事態が発生した時にこそ、管制官としての真価が問われるのですから。
 雪や霧などの悪天候、除雪による滑走路の閉鎖、緊急事態の発生、ホットスクランブル・・・様々な状況が降りかかってきますが、そんな困難な状況を打破し、操縦者からありがとうと言われた日には、いつにも増しておいしいお酒が飲めちゃうのです。明日もサンキューと言われる管制を目指して。一日一善、ならぬ一日一サンキュー・・・??
 褒められることよりもずっと嬉しく、やりがいを感じる瞬間ですね。

海外では、ヒューマンエラーに起因する事故については責任を問わず原因の解明と再発防止に全力を注ぐという思想のはずなのですが、日本においては責任追及主義、処罰優先という風潮が強すぎると思います。 この風潮が訴訟リスクを産み、特に医療関係に与えている影響は大きく、昨今の医師不足の要員の一つともされています。

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■管制を受ける側の立場として、同じように『いま管制官は何を考えているのかな』など、あまり考えたことはありませんでした。
 小型機は管制圏を出て周波数をリーヴする時に、『どうも有難うございました』と、日本語での声かけを心がけたいものです。

posted by キャプテン飛燕 at 15:40 | Comment(0) | キャプテン飛燕のフライト記>日記