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自家用機パイロットの楽しみ・喜び・苦悩・疑問・怒り・驚き等の情報をメインに書きますが、飛行機以外の仕事や趣味の話題も時々書きます。
左メニューのコックピットからの動画撮影は、今や自家用機しか出来なくなりました。やはり、シミュレーターと違った臨場感があります。

■無農薬のきな粉を作ろう

■本日(1/30)放送の『満天★青空レストラン』で、U字工事が紹介していた無農薬大豆を使った美味しいきな粉の作り方です。

U字工事_大豆.jpg


 家庭にあるもので作れますので、お勧めです。もっと難しいと思っていました。
 一般的なきな粉は、特に表示がなければ農薬で育てた大豆が使われていることになります。

 弊社の無農薬大豆でお試しいただきたいものです。

1.jpg


1.大豆をフライパンで焦げ目がつくまで煎る。
2.フードプロセッサーで粉々に砕く。
3.細かめの網で濾(こ)す
4.とれた粉にお好みで砂糖と塩少しを混ぜる

 これで出来上がりです。簡単でしょ?
 細かいメッシュの網は安いので、新しく買ってもずっと作れます。

 きな粉の他にも無農薬大豆から作った豆腐や納豆なども紹介していました。
 私のところの大豆と大島ニガリでお豆腐を作ると、プリンの様な豆腐になります。

※ 満天★青空レストランのhp

 来週も見ようかな。


posted by キャプテン101 at 20:39 | Comment(0) | 飛行機関連の話題>NEWS

■横田基地カンファレンス(会議)へ

横田基地は1939年(昭和14年)に日本帝国陸軍多摩飛行場として飛行場建設が始まり、府中刑務所などに服役中の囚人を使って作業が行われ、1940年8月15日より飛行場として使われるようになりました。
 当時の滑走路は全長約1200m(現在は3.350m)、幅50mで東洋一の軍用飛行場だったようです。
 長い滑走路を活用して最新鋭機の飛行試験が行われ、地元では福生飛行場と呼ばれ、真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まり、1945の敗戦で米軍に接収されるまでフル稼動していたそうです。

 そんな横田基地で、自家用パイロットや自衛官など、航空に携わるメンバーで横田基地カンファレンスと称して1月10日、『空中衝突防止会議』なるものが行われました。

 
▲福生駅前から専用のバスに乗り、広〜い敷地のある横田基地に着きました。横田基地では、パイロットに限らず地元市民や小学生などをよく見学に招いているようで、基地に働く日本人の方たちも、我々のような『部外者』への応対に慣れているようでした。
 今回は基地内での写真撮影も許可されていましたので、軍事機密(?)に触れない範囲でご紹介します(元々そのような場所は見せないでしょうが)。

 
▲これは軍事機密かも知れません。
 会議の会場で用意されたフリーの昼食ですが、これぞアメリカ食・・という感じです。
 前日のだるま市で佐世保バーガーを食べていたので、ちょっと完食はできませんでした。コーラは輸送機で本国から空輸してきたと思われる、日本では見たことのないパッケージでした。

 
▲参加者130人のうち、AOPA-JAPANのメンバーだけでも60人の参加者でしたので、各テーブルは新年会のようになっていました。
 そのうち、ほとんどの自家用オーナーは3月11日の横田基地フライインに参加されるのでしょう。

 
▲参加メンバーが多かったため、4台の大型バスに分乗して、時間差で各施設を見学して回りました。
 ここは新しい管制塔。以前の管制塔にはエレベーターがなく、8階まで上がるのが大変だったと、勤務のスタッフがおっしゃっていました。

 
▲地下のレーダールーム、『24』に出てきそうな光景です。
 横田の管制区域を通過する飛行機は、箱根などの不感地帯を除きすべてここで補足され、情報が提供されます。

 
▲同じくレーダールーム。実際の管制官と色々と専門的なお話ができました。ここのデジタル・レーダーシステムは入れ替わったばかりのようですが、以前のアナログタイプのレーダーシステムと違い、表示にタイムラグがなく、レンジやMVAなども大幅に改善されたそうです。
 特定の航空機の航跡を表示するストレージモードはないかと尋ねたら、それはないと言われました。
 でも、データを保存できるデジタルですから、あると思うのですが・・・。

 
▲廊下に貼ってあった何枚かのうちの1枚ですが、よく見ると手書きのエンピツ画です。書いたのは画家ではなくパイロットのようです。

 
▲管制塔の最上部です。
 もちろん、滑走路の端から端まですべて見渡せます。
 旧・管制塔は古いため風が吹くと揺れたそうですが、こちらは頑丈な造りのようです。

 
▲なんか、立っているだけでカッコいいんですが、どうしてでしょうか。
 ちなみに、この制服(軍服)は新しいタイプのカラーリング。以前のタイプは奥の日本人が来ているタイプの、色が濃いものです。
 いずれもノーアイロンで難燃性の素材でできています。日本の自衛隊のものも同様の素材ですが、なんか違うんですよね〜。
 福生駅ちかくのアーミーショップで買えないかと聞いてみましたら、このタイプは新しいので、古着で売られるまで2年くらいかかるだろうと言われました。

 
▲新しい管制システムが入っていましたが、この日はなぜかシステムダウンしていました。
 羽田空港の新システムも、このあとダウンしたようですが、今年は管制システム受難の年でしょうか。

 
▲風が吹くと揺れるという、旧・管制塔です。
 遠く秩父の山々が望めますが、しかし広い。

 
▲管制官のための管制シュミレーターです。
 雨や風、暴風などのあらゆる気象状況が実現できるだけでなく、火災や地震などの状況の中でどのように対処するか、などのシュミレーションもできます。
 自家用パイロットも訓練期間に、そのようなシュミレーターを一度でも経験すると良いのではないかと思いました。
 たとえば、ギアアップランディングをするとどうなるか・・・など。

 
▲ハンガー内の航空機見学です。
 この日は訓練用の双発機やベトナム戦争に使われたヘリなどが格納されていました。
 わざわざ外部電源で計器がアクティブにされた操縦席をはじめ、内部が公開されていました。

 
▲エプロンでは輸送機C-130が公開されていました。宮崎アニメに出てきそうな、ひょうきんな姿です。
 意外とプロペラの直径が短く、海岸など砂地でも離発着ができるのが信じられないほど普通のエンジンに見えました。

 
▲空中でも、このようにして物資が投下されるそうです。
 リアゲートを閉めてから何分で与圧が効いてくるかと質問しましたら、1.000ftくらいで物資を投下したあと、急上昇して10.000ft以上まで上昇する間には、十分与圧できると言われました。
 高々度で誤動作してゲートが開いてしまったら減圧が怖いな〜

 
▲超三次元的なコクピット周辺です。
 飛んでみたくなりました。

 
▲ハンガー内で使われている、お約束の『SNAP-ON』の工具箱とツールです。
 このセット、欲しいな〜。
 工具は男の宝だ、と思います。
 私は予算の関係で、持っているスナップオンはわずかで、あとはKTCを愛用しています。
 
 
▲ランボーも乗っていた(?)ヒューイを修理していました。
 コクピットの操作パネルと、後部のタービン用のブロアにつながる配線が断線しかかっているように見えました。
『これは?』『つながってる』『こっちは?』『きてない』『こっち?』『何番見てんだよ』
 など、前と後ろでやりとりしてました。
 アメリカ人はそのような細かい作業が苦手なようで、何度も同じことやってましたので手伝いたくなりました。

 
▲見学が全て終わり、招待されたAOPAなどから基地側に感謝の楯が送られました。
 今後は、横田基地に関連する各団体との連携を強め、3月10日にはフライインを開催する予定だ、と嬉しい報告がありました。

 

 終戦から1年後の1946年8月15日、横田陸軍航空基地 (Yokota Army Air Base) 献納式が行われました。
 現在も基地内に残る『甲府岩』に付けられたプレートには以下のような文字が書かれています。

    YOKOTA ARMY AIR BASE DEDICATED
    AS A PERMANENT AIR BASE OF THE
    OCCUPATIONAL FORCES OF JAPAN
    THIS DAY OF AUGUST 1946 BY
    THE COMMANDING GENERAL FIFTH AIR
    FORCE MAJOR GENERAL K S WOLFE
    AIR STRIP CONSTRUCTED BY 353RD
    ENG CONST AND 864TH AV ENG
    BATTALIONS BASE COMMANDER.
    E B BOBZIEN, COLONEL, A.C.


『進駐軍による永久の空軍基地』という文が気になりますが、
普天間飛行場など、現在も極東の軍事拠点著して活用されている基地と違い、物資輸送が中心の横田基地は日本に返還される可能性が高い基地だと思います。
 3月に行われる民間機によるフライインは、横田基地が米軍基地となって初めての画期的なことではないでしょうか。
 今回のカンファレンスに参加したパイロットは、優先的にフライインに参加できる・・・と基地の方からも説明がありました。
 すっごく期待しています。
posted by キャプテン101 at 19:53 | キャプテン飛燕のフライト記>日記